2010年08月23日
確かに最高に面白い本大賞。が、リアルさに欠ける「永遠の0」

1956年生まれの作家。つまり、昭和31年、戦争が終わって11年経って生まれ、高度経済成長の中で育った作家が見事に太平洋戦争を描いていました。
私も、この辺りは相当詳しいと自負していますが、このへんの記述はおかしいとか、間違っているとか、思うところはありませんでした。たぶん、このテーマが浮かんだ後に、戦争のことをたくさん調べたこととは思いますが、それ以前に、戦争に関する相当な知識と情報を持っていないと書けないほどの内容でした。
映画監督のスピルバーグは、たぶん少し上の年齢だと思いますが、父親が太平洋戦争の時のパイロットであり、彼は子どものころから自前で戦争映画を作っていたと聞いています。戦争を知らない世代が戦争を描く。やっと日本でも、そんな作家が出てきたんだなぁと思いました。
一つだけ欠点を言えば、リアルさを感じることができませんでした。10年くらい前から、けっこう流行っている歴史のシミュレーション小説を読んでいるような感じでした。この小説と比べ、スピルバーグの映画、例えば「プライベート・ライアン」は残酷なほどリアルで悲惨な場面が散りばめられているが、名も無き人の思いを黒澤明風に描いた内容でした。
この違いは「何だろう」と思いました。特攻隊をテロリストと同一視する新聞記者が出てきます。戦争や戦争に関わった人を、単純に上から目線で批判する人たちへの疑問を、この作家は持っているようです。これには同感します。しかし、作中人物のやり取りにリアルさを感じません。
死や特攻を強制されるような中で主人公とおぼしき人は、「自分は生き残る」ということを公言して終戦直前まで生き抜き、最後は特攻します。むしろ、自分は生き残りたいと思いながらも、そんなことは言えず、思い悩みながら死んでいった人の心の内を知りたいと思いました。
児玉清さんが「僕は号泣するのを懸命に歯を喰いしばってこらえた。が、ダメだった。」と書いています。感受性が乏しいのか、私はそんなことはありませんでした。
若い人が戦争に興味を持った時に読む入門書としては、秀逸だと思います。しかし、残念ながら作家と同じ時代に、年配の人からリアルで、グロテスクで、残酷かつ悲惨で、生き残るための闘争のような話をたくさん聞いて育った自分には今ひとつの内容でした。
Posted by わくわくなひと at
20:03
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2010年08月23日
九州新幹線「さくら」熊本発着は、今が正念場!

このことは22日付け西日本新聞福岡都市圏版の3面にも、大きく載っていました。熊本版は一面だったかも知れません。
西日本新聞に、個人的には非常に関心あることが書かれていました。
「熊本、始発着増に期待 鹿児島は経済効果分散 懸念」という見出しです。
JR九州の唐池社長は、この日、「熊本にも鹿児島にも満足していただけるダイヤになる」としながらも「『さくら』は基本は鹿児島中央発着だが、熊本発着もあり得る」と、踏み込んだ。
-と書いてありました。
確か熊日新聞には「基本は鹿児島中央発着」という発言しか取り上げておらず、「やはりそうなんだ」と高揚感はありませんでした。
人の発言は聞く人の関心や視点でずいぶん違った印象になります。
再び西日本新聞の記事の一部です。
この日、展示された「さくら」の電光表示板には「熊本」行きの文字があった。幸山市長は基地立地の“副産物”として「ダイヤ編成上、熊本の利便性が高くなる期待もある」と述べ、基地との接続を考え、熊本に停車する列車が増えることへの希望を口にした。
熊本発着に気をもむのが鹿児島県だ。関西圏と直通でつながる経済効果を最大限享受するには、直通の「さくら」の停車本数確保が不可欠。鹿児島県の伊東祐一郎知事は、かねて「すべて鹿児島中央発着が望ましい」と強調。7月にJR九州に出した要望書でも「『さくら』は鹿児島中央から」と大書して、けん制した。
新幹線は終着駅を栄えさせるという仮説があります。東海道新幹線では大阪と東京、山陽新幹線では博多と東京。何より電光表示板は、すごい広告効果がありますし、停車駅では「博多行き のぞみ○○号」と何度も連呼してもらえます。
鹿児島はその効果をご存じで、必死です。熊本が通過駅にならないためにも、熊本軍団の正念場ではないでしょうか。
Posted by わくわくなひと at
12:20
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