2011年03月10日
春の足音に気づき、はかなさを思う!「和漢朗詠集」

三寒四温と申しますように、また明日からは春めいてくるようです。
意識をしなくとも、春の足音に気づくようになってきました。
先人は春に何を感じていたのか?
『和漢朗詠集』(講談社学術文庫325)をめくってみました。
驚きました。まだ春はこれからと言うのに、4月中旬ごろの心境と同調しているではありませんか。
いたづらに過ぐす月日はおほかれど花みてくらす春ぞすくなき
※なにもしないでぼんやりと過ごす月日は多いのですが、花を見て暮らす春は、まことに短いものです。
三月尽(さん ぐゑつ じん)
春を留むるに春住まらず 春帰つて人寂寞たり
(はるをとどむるにはるとどまらず) (はるかへつてひとせきばくたり)
風を厭ふに風定まらず 風起つて花蕭索たり 白
(かぜをいとうにかぜしずまらず) (かぜたつてはなせうさくたり)
※春を引きとめようとしても、春はとどまっていません。春は帰っていってしまい、残された人は寂しさに声もたてずにいます。花を散らす風をいやだと思っても、風は静まりません。風に吹かれてははらはらと桃や梨の花びらが舞い、いっそう寂しさを感じさせます。
竹院に君閉かにして永日を銷すならん
(ちくゑんにきみしづかにしてえいじつをけすならん)
花亭に我酔うて残んの春を送る
(くわていにわれゑうてのこんのはるをおくる)
※君は、竹を植えめぐらした閑静な屋敷で、春尽きる今日一日を、いつもと変わらず静かに過ごすのでしょう。でも、私は花にいろどられた小さな家で、酒に酔いながら、残り少ない春を惜しみながら見送ることにいたしましょう。
花もみな散りぬるやどはゆく春のふるさとゝこそなりぬべらなれ 貫之
※花もみな散り果てたわが家の庭は、すっかりさびしくなってしまいました。春のあいだ花が咲き鳥が歌ってにぎやかだったわが庭も、三月尽の今日からは、春が住み捨てたふるさとになってしまうのですねえ。
Posted by わくわくなひと at
14:43
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