2011年04月11日

【津軽百年食堂】もう少し弘前の自然を描写して欲しかった?

 【津軽百年食堂】もう少し弘前の自然を描写して欲しかった?津軽を舞台にした古い食堂の創作物語「津軽百年食堂」を観てきました。監督は大森一樹、主演はオリエンタルラジオの二人。ヒロインは熊本市立京陵中学出身の福田沙紀。来月閉館になる「シネ・リーブル博多駅」で、ひっそりと公開されていました。
 観客は私も含めて4人。男性1人、女性3人。席数はたぶん50以上あった中で、ひっそりと、隣の新博多駅の賑わいが嘘のように静かな映画鑑賞をしました。
 日本人の心と味がテーマ。人間ドラマとしては気負いもなく、ごくふつうのその辺に居そうな人たちの心温まる物語でした。そんなに興奮することもなく大げさでもない。少し目頭が熱くなる程度。映画というよりもテレビドラマの秀作という感じでしたね。
 好き嫌いがあると思いますので、おせっかいになりますが、個人的には森沢明夫の文章から感じる自然の脈搏というのか?そういうところをもっと表現して欲しかったと思いました。
 例えば原作には、こんな文章があります。
「桜の花びらが地面に着地するときの、はらり、という音が聞こえそうなくらいに雑音がない。ただ、二人の足音だけが、妙に大きな音になって辺りに響き渡っていた。」
 映画で表現するのは難しいと思いますが、人によっては映像と音で表現できそうな感じがします。映画には満開の桜、弘前城、私にはキリマンジャロみたいに見えた八甲田山(?)がたくさん出てきます。わざとかも知れませんが、カメラで言えば28ミリ、35ミリ、50ミリのレンズで覗いたような映像がたくさん出てきました。“はらり”という音はカメラで言えば接写リングを付けて撮るような感じでしょうか。実は、静寂を語るというか、いてつく寒さと雪、それだけに待ち遠しい満開の桜の季節、そんなことを期待して映画を観ている自分に改めて気づきました。

「窓を開けた。すうっと流れ込んできた空気は、ひたひたに水分を含んでいて、首筋にひんやりとまとわりついた。少し埃っぽいような雨の匂いを大きく吸い込む。」

 これを映像でどう表現するんだろうと、期待していました。監督の好みや作風が違うということでしょう。
 それで思い出したのが、スピルバーグの「プライベートライアン」の一場面。葉っぱにぽたっぽたっと雨粒が落ちてきて、それがやがて滝のような雨になり、水たまりを軍靴が踏みしめていく。確か水たまりに兵士の姿がうっすらと映っている(神宮外苑での学徒出陣の記録映画にも、こんな表現がありました)。
 これはスピルバーグが黒澤明など日本人から学んだ表現方法だと思うのです。勝手に、こんな映像を期待していましたので、不足を感じたのでしょうね。
 それにしても映画を見終わった後、鰯の煮干しで出汁をとった「津軽そば」は無理ですが、無性にそばを食べたくなりました。
 いつか弘前に行って津軽そばをいただきます。【津軽百年食堂】もう少し弘前の自然を描写して欲しかった?




Posted by わくわくなひと at 20:38│Comments(0)
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