2011年02月27日
描く人の心理と行動とは?モーム『月と六ペンス』
ゴッホ展に行って震えるような感動を味わえなかったことが気になっていた。太宰府での阿修羅展での感動をもう一度したい。どこかから降りてくるような、頭ではなく体からわき出てくるような感動を。そんな期待を抱いて行ったが、それは訪れてこなかった。それもこれもすべて自分の知識、経験、感受性のレベルの問題だと解釈した。
モーム(行方昭夫訳)『月と六ペンス』岩波文庫(2010年4月26日第7刷、2005年7月15日第1刷)。この本を読みたくなったのは、ゴッホが同棲していたゴーギャンがモデルということだったから。どんな人物なのか、絵画から何を感じ取れるのか。描く人の心理とは。そんなことが分かるかも知れないと思って、読み進めた。
137頁「本質が分かるためには、芸術家と同じ魂の痛み、創造の苦悩を体験しなければならない。作品とは、言うなれば芸術家が歌って聞かせるメロディーであり、それを自分の心で正しく聴くためには、知恵と感性と想像力がなくてはならない」。
読み始めは正直、最後まで読み続けることができるか不安になった。しかし、翻訳された文章が洗練されていたため、10頁、20頁と進んでいくことができた。英語となると、翻訳家の層も厚いことだろう。行方昭夫(なめかたあきお)という人が翻訳した本は今後、注目したい。
ストーリーは、ロンドンで証券会社を共同経営している男(ジェントルマン)が突然、妻子を捨ててパリに行くことから始まる。その時の周りの反応を読むうちに、この本の世界にどっぷり引き込まれていった。自分が長年勤めていた会社、しかも、ラインの部長職でありながら、“月”のために辞めていく経緯と周りの反応を思い出し、いつの間にかチャールズ・ストリックランド(モデルはゴーギャン)の立場が分かったような気分になってきた(自分の経験はチンケ過ぎるが・・・)。月は理想、六ペンスは現実という意味だ。
絵を描きたい。自分の頭の中にある絵を描きたい。そのためには手段を選ばない。突然、何もかも捨ててパリに行く背景には、当然、“女”がいると周りは決めつける。しかし、それは違っていた。147頁「・・・自分に見えているものを描きたいだけだ」。
パリで極貧の生活を続けるうちにストリックランドは野生化し、病に倒れる。この野生で皮肉屋の人間を、人のいいオランダ人画家の夫婦が引き取り、看病をする。婦人はもともとストリックランドを毛嫌いしており、引き取り看病することに感情むき出しで反対する。しかし最後は夫に説得される。その後の描写。ここのところが特に印象に残った。
182頁「あるとき、ストリックランドがあと一、二日もすれば病床を離れられるほどに回復した頃、・・・彼女はストリックランドの視線を感じて、目を上げ、一瞬二人は見つめ合う格好になった。僕には、彼女の表情がやや不可解に思えた。目には奇妙な困惑と、それに加えて、なぜか分からないが、不安感のようなものもあるように思えた。一瞬の後、ストリックランドは視線をそらし、ぼんやりと天井を眺めたが、彼女は見続けており、今やその目付きはまったく僕には謎であった。」(この物語は小説家の一人称で語られている)。
183頁「彼に取りついた魔神は善悪以前に存在した原始的な力なのだから。」
ここから先をつらつら述べるのは、もう控えよう。
その後、ストリックランドはマルセイユに行き、終焉の地、タヒチに向かう。
読み終えて解説を読むと、オランダ人夫婦とストリックランドの関わりは、モームの創作であることが分かった。しかし、この部分が一番深入りさせられたところだった。
後で書こうと思っているが、事実と創作の微妙な関わり合いを考えるのに、よい機会を与えてもらったことは確かだ。
次に読みたい本。
■モーム(行方昭夫訳)『人間の絆』(全三冊)岩波文庫・・・モームの最高傑作と書いてあった。
■セネカ(大西英文訳)『生の短さについて他二篇』岩波文庫・・・多くの人が読めと言っている本が岩波文庫最新刊の案内に載っていた。
モーム(行方昭夫訳)『月と六ペンス』岩波文庫(2010年4月26日第7刷、2005年7月15日第1刷)。この本を読みたくなったのは、ゴッホが同棲していたゴーギャンがモデルということだったから。どんな人物なのか、絵画から何を感じ取れるのか。描く人の心理とは。そんなことが分かるかも知れないと思って、読み進めた。
137頁「本質が分かるためには、芸術家と同じ魂の痛み、創造の苦悩を体験しなければならない。作品とは、言うなれば芸術家が歌って聞かせるメロディーであり、それを自分の心で正しく聴くためには、知恵と感性と想像力がなくてはならない」。
読み始めは正直、最後まで読み続けることができるか不安になった。しかし、翻訳された文章が洗練されていたため、10頁、20頁と進んでいくことができた。英語となると、翻訳家の層も厚いことだろう。行方昭夫(なめかたあきお)という人が翻訳した本は今後、注目したい。
ストーリーは、ロンドンで証券会社を共同経営している男(ジェントルマン)が突然、妻子を捨ててパリに行くことから始まる。その時の周りの反応を読むうちに、この本の世界にどっぷり引き込まれていった。自分が長年勤めていた会社、しかも、ラインの部長職でありながら、“月”のために辞めていく経緯と周りの反応を思い出し、いつの間にかチャールズ・ストリックランド(モデルはゴーギャン)の立場が分かったような気分になってきた(自分の経験はチンケ過ぎるが・・・)。月は理想、六ペンスは現実という意味だ。
絵を描きたい。自分の頭の中にある絵を描きたい。そのためには手段を選ばない。突然、何もかも捨ててパリに行く背景には、当然、“女”がいると周りは決めつける。しかし、それは違っていた。147頁「・・・自分に見えているものを描きたいだけだ」。
パリで極貧の生活を続けるうちにストリックランドは野生化し、病に倒れる。この野生で皮肉屋の人間を、人のいいオランダ人画家の夫婦が引き取り、看病をする。婦人はもともとストリックランドを毛嫌いしており、引き取り看病することに感情むき出しで反対する。しかし最後は夫に説得される。その後の描写。ここのところが特に印象に残った。
182頁「あるとき、ストリックランドがあと一、二日もすれば病床を離れられるほどに回復した頃、・・・彼女はストリックランドの視線を感じて、目を上げ、一瞬二人は見つめ合う格好になった。僕には、彼女の表情がやや不可解に思えた。目には奇妙な困惑と、それに加えて、なぜか分からないが、不安感のようなものもあるように思えた。一瞬の後、ストリックランドは視線をそらし、ぼんやりと天井を眺めたが、彼女は見続けており、今やその目付きはまったく僕には謎であった。」(この物語は小説家の一人称で語られている)。
183頁「彼に取りついた魔神は善悪以前に存在した原始的な力なのだから。」
ここから先をつらつら述べるのは、もう控えよう。
その後、ストリックランドはマルセイユに行き、終焉の地、タヒチに向かう。
読み終えて解説を読むと、オランダ人夫婦とストリックランドの関わりは、モームの創作であることが分かった。しかし、この部分が一番深入りさせられたところだった。
後で書こうと思っているが、事実と創作の微妙な関わり合いを考えるのに、よい機会を与えてもらったことは確かだ。
次に読みたい本。
■モーム(行方昭夫訳)『人間の絆』(全三冊)岩波文庫・・・モームの最高傑作と書いてあった。
■セネカ(大西英文訳)『生の短さについて他二篇』岩波文庫・・・多くの人が読めと言っている本が岩波文庫最新刊の案内に載っていた。
Posted by わくわくなひと at 18:08│Comments(0)