2010年08月03日
大陸の鉄路のような堂々とした筑豊線は巨大な近代化遺産では?

博多から福北ゆたか線で飯塚経由し直方へ行きました。直方での法事に出向いた後、母の里である小倉に立ち寄るため筑豊線を折尾まで北上しました。
福北ゆたか線の吉塚・飯塚間は単線です。それが飯塚から折尾までは、曲がりくねった地方の鉄道ではなく、大陸の鉄路を思わせるような堂々とした複線です。
これが筑豊の石炭を北九州の製鉄所に運んだり、若松港からアジア各国へ輸出していた時の動脈だと、すぐ理解できました。
直方発の北九州へ北上する普通列車の終点は、鹿児島本線と交差する折尾駅ではありません。その先の若松駅が終点であり、筑豊線そのものも若松が起点となっています。
この堂々とした鉄路は近代化遺産ではないかと思ってしまいました。
そしたら、西日本新聞に田中慎弥という作家が連載している「見切り発車」というコラムに、こんなことが書いてありました。
「・・・若松線は折尾からねじ曲がっているのではない。石炭を運んできていた筑豊本線の北端なのだ。石炭の採掘や流通によって鉄道と街が出来るという、近代化を体現した土地。それは、この土地自体が物語の主人公だったということだ。」
写真はかつて筑豊に張り巡らされた鉄道を示す地図です。
Posted by わくわくなひと at 15:50│Comments(0)
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