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Posted by おてもやん at

2011年10月15日

時間は古さだ。・・・ちくま日本文学『幸田文』

 気が向いた時、それも床について、ちくま日本文学005『幸田文』のエッセー集を読んでいます。昨日の夜は「結婚雑談」というエッセーを読みました。そこで半分眠気が襲ってきている中でハッとする言葉に出逢いました。
 時間は古さだ。
 非常に新鮮な響きのある言葉でした。何でそう感じたのか。少し思いめぐらしたら、そんな意味の言葉をしばらく目にしていないから。効率とか効果とか、そんな言葉ばかりが飛び交っているから。そういう環境の中にいるから、ハッとしたんだろうと思います。

・・・私は単純にせっかちでぞんざいだったが、いま丁寧なものの尊さに惹かれるようにかわってきている。娘はおっとりおちついていて、用心ぶかさをもっているようである。祖父から母を通して孫へ持ちこされる古さには、とにかく時間の厚みがある。時間は古さだ。古さまた採るべしと私はおもう。これは常識であり、常識は平凡でじきに忘れられるものである。結婚はまたあまりにきらきらと目くるめくものであるから、忘れられやすい常識を云いたい気がするのである。結婚についての意見は誰の意見にしても、一夜漬けの思いつきの意見であるはずはない。けれども私はいつも一応そういうさまざまな意見に、実際の裏づけがあるかどうかを窺ってみる。丁寧な厚みがあるかどうかを窺ってみる。・・・

 「丁寧な厚みがあるかどうかを窺ってみる。」。これも心に響きます。早口でまくしたてるように話す人がいて、その場は何となく、そうらしく聞こえるけど、後で考えたり、その人の行動を見ていると、どうもおかしい(可笑しいという時もあります)。そんな経験をすることも最近多いですね。
  


Posted by わくわくなひと at 10:38Comments(0)