書くより書かないことの大切が伝わる大人の小説「切羽へ」

わくわくなひと

2010年12月03日 20:36

 井上荒野『切羽へ』新潮文庫(平成22年11月1日発行)。
 帯には「直木賞受賞作!」「どうしようもなく別の男に惹かれていく、夫を深く愛しながらも。」「繊細で官能的な大人の恋愛小説。」と書いてあった。
 「明け方、夫に抱かれた。」から始まる。
 このところ女性作家を続けて読んできたため、「あ!また・・・」と思い、しばらく読むのを抑えていた。
 男性では書けないような官能小説だと思ったら、そうではなかった。“官能”をどうとらえるかだが、いわゆるエロではない。書きすぎていない。女性の揺れていく所作を繊細に描いた気品ある大人の小説だと思った。“抱かれた”という言葉を最初に読まされていたので、最後まで読んだところで、ずぅっと、“抱かれた”に引きずりこまれていた自分に気づいた。
 山田詠美は「解説」でこう書いている。
「恋に落ちる時のめくるめくような思いは描かれない。その代わりに、二人の通じ合う際の何気ない所作が丹精を凝らして選び抜かれる。性よりも性的な、男と女のやり取り。・・・全編に渡って、書くより書かないことの大切さが伝わって来る。それは、行間を読ませるというような短絡的な技巧とは違う。井上荒野さんは、書いた言葉によって、書かない部分をより豊穣な言葉で埋め尽くす才能に長けた人だ。」
 文章は小池真理子が好み。物語や登場人物は井上荒野がいい。ゆっくり話せる機会があるなら、井上さんと過ごしたいと思った。
 全編にわたり北部九州弁の会話が繰り広げられる。たぶん長崎か?