一週間は心がほかほか・・・森沢明夫『津軽百年食堂』

わくわくなひと

2010年01月05日 19:05

 急に時間がぽっかり空いて、最寄りの書店をのぞいた時に出会った一冊。昭和を思わせる着物姿のイラストが目にとまった。
 本の帯に「読んだあと、一週間は心がほかほかです」と書いてある。それが購入の決め手になったと思う。
 この小説は次のように始まる。

【大森哲夫】
 三月もいよいよ後半を迎えたけれど、すでに道路の積雪はほとんど消えていた。残ったのは、歩道の脇に雪かきで積みあげられ、小山のようになった雪の残骸だった。
 自分が子供の頃は、まだこの時期は銀世界だったはずだ-大森哲夫は、自身が営む古びた食堂の窓から、まだほの暗い外の風景を眺め、幼少の頃に見た風景を憶った。
 北風が吹き、ペンキのはげかけた木枠の窓がカタカタと鳴った。すきま風がすうっと忍び込んできて、哲夫の首筋をなでる。思わず着ていたどてらの襟を合わせて、ブルッと身震いした。

 美しい映画のような描写だ。カメラの目線が“ペンキのはげかけた木枠の窓”に向けられ、北風でカタカタと鳴る様子が映る。“すきま風がすうっと忍び込んできて、哲夫の首筋をなでる”。視線、音、明暗などの感じ方が見事に表現されている。

 これを書いている人はいくつの人なのか?つい確かめたくなった。
 1969年千葉県生まれ。「ラストサムライ 片目のチャンピオン 武田幸三」で第17回ミズノスポーツライター賞優秀賞、ヒット小説「海を抱いたビー玉」は韓国語版にもなり人気を博す。」と書いてある。
 目のつけどころ、音、そして触感。自分よりも10歳以上若い人なのに、表現力の豊かさに驚く。すっかりファンになりそうだ。

 物語はプロローグの【大森哲夫】という節から始まり、【大森賢治】【大森陽一】【筒井七海】【藤川美月】【大森トヨ】など、登場人物の心象風景が交互に描かれていく。百年続く津軽の蕎麦屋さんに関わる人たちの思いや出来事が綴られていく。
 登場人物は非常に限られるが、心理描写は非常に細かい。都会人のように薄くて複雑な人間関係でないところが、“ほかほか”する所以だろう。
 弘前の桜など美しい光景の中で繰り広げられる100年の歴史を背負った人々の思いには、質感を伴う美しさを感じてしまった。
 著者のブログを拝見すると、どうやら映画化されるらしい。今から楽しみだ。